統計力学入門

統計力学を初学者向けに解説します。

1. 統計力学とは

 この記事では、高校物理程度の知識を前提に、統計力学という分野を数式を使わずに解説します。

<目次>

はじめに

1.1 ミクロ・マクロとは

1.2 マクロな系の普遍性

1.3 どうやって繋ぐか

はじめに

・この記事では平衡統計力学について解説します。非平衡統計力学という分野もあるのですが、私は非平衡統計力学についてほとんど知らないのでこちらは解説しません(できません)。以下では平衡統計力学のことを単に統計力学と呼びます。

・高校物理程度の知識があれば理解できるように書いたつもりですが、もし分かりにくい箇所があれば教えてください。

・この記事は田崎晴明さんの『統計力学Ⅰ』(培風館)をかなり参考にして書かれています。非常に丁寧に分かりやすく書かれた本で、日本の大学生が統計力学を初めて学ぶ際にはこの本一択と言っていいと思います。こんなパクリ記事よりこの本を読め。

 さて、本題に入りましょう。統計力学という分野を標語的に言い表すなら、「ミクロとマクロを繋げる体系」だと言えます。順を追ってこの標語の意味を詳しく見ていきましょう。

1.1 ミクロ・マクロとは

 ミクロはご存知のことかと思いますが、マクロは聞き慣れない言葉かもしれません。まずは言葉の定義を確認します。

 ここで言う「ミクロな大きさ」とは、原子や分子程度の大きさ(10^{-10}m程度)を指します。この領域では物理現象は量子力学(近似的にはニュートン力学)によって記述されます。またミクロな系と言った場合、大きさだけではなく粒子数が少ないことも重要です。

 一方、「マクロな大きさ」は日常的な大きさ(1cmや1m程度)を指します。このくらいのサイズの物体は、アボガドロ数個(10^{23}個)程度の分子が集まってできています。ミクロ同様、マクロな系では粒子数が非常に多いことが重要です。膨大な原子が集まってできたマクロな物体は、一個の原子の性質からは想像もつかないような振る舞いを見せます。

1.2 マクロな系の普遍性

 暖かいコーヒーを飲まずに放置しておくとだんだんと冷めていき、やがて室温と同じ温度になります。また、お風呂のお湯をかき混ぜると流れができますが、かき混ぜるのをやめると静かな水面に戻ります。このように身の回りのマクロな物体は、放っておくと時間的に変化しない状態に落ち着きます。このような状態のことを平衡状態と呼びます。

 平衡状態では状態が時間的に変化しないと言いましたが、ひとつ重要な条件が含まれています。それは「マクロに見て」変化しないということです。つまり、温度・体積・圧力といった人間が直接感じ取れるマクロな物理量は変化しませんが、一つ一つの原子の位置・運動量といったミクロな状態は平衡状態においても激しく変化しています。例えば、室温の空気では気体分子は秒速数百メートルという超スピードで様々な方向に飛び交っています。

 マクロな物体を放っておくと平衡状態に達するという性質は、系を構成している原子や分子の種類によらない普遍的な性質です。このことは日常的な経験からは当たり前ですが、ミクロな視点に立つと驚くべき事実です。平衡状態に達すること自体が最も深い階層での普遍的性質のひとつですが、ほかにも平衡状態においては系のミクロな詳細によらずに成立する様々な階層での様々な普遍的な性質があります。例えば、一気圧のもとで水を冷やすと0℃で氷になったり、磁石を熱すると磁性が失われたりする現象はご存じかと思います。このように、マクロな物体では温度や圧力を変化させるとマクロな物理量が不連続に変化する、相転移と呼ばれる現象が様々な物質で起こります。

 上に挙げた例以外にも、マクロな系はミクロな詳細によらない様々な普遍的な性質を持っています。マクロな系の持つ普遍的な性質を、ミクロな系を記述する物理法則(量子力学ニュートン力学)に基づいて理解しようとするのが(平衡)統計力学です。

1.3 どうやって繋ぐか

 ミクロとマクロを繋げるにはどうすればいいでしょうか?最も単純なアプローチは、ミクロな法則をそのままマクロな系に適用することです。

 しかし、この方法には厄介な問題があります。ミクロな法則を記述する量子力学ニュートン力学は、粒子の数が増えると計算量が急激に増加するのです。手計算で解析的に解けないことはもちろん、スーパーコンピュータを使った数値計算アボガドロ数個の粒子からなる系の計算はとてもできません。

 さらに、別の問題もあります。たとえそのような計算ができて粒子一つ一つの位置や運動量が追えたとしても、何故ミクロな詳細に依らない普遍的な性質を示すのか?という疑問に答えられていません。つまり、この単純なアプローチではミクロとマクロを繋げる中間の論理が飛ばされているのです。そこで統計力学の考え方が必要になります。(平衡)統計力学では、この中間の論理として確率を用います。

 確率をどのように用いてミクロとマクロを繋ぐのかについては、次章で説明しようと思います。(次章があるとは言っていない。)